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ずっと思い描いていた夢

ウィスコンシンで育ったブランディ・ミューラーは、海と写真という2つのことに夢中でした。 子供の頃、彼女は家族に何度も海への旅行をお願いし、15歳になるまでにすでに熟練したダイバーになるための道を進み始めていました。「留学生として15歳のときにニュージーランドでスキューバダイビングの方法を学びました(時差ボケ最初は辛かったけどね)」と彼女はその時のことを語ります。

この熱心な海洋探検家は常に大規模な発見にめぐり逢うことを夢見ていましたー歴史的な大発見となるようなものにめぐり逢うことを。そんな日がこんなに早く来ることを彼女は全く想像していませんでした。

勇気ある決断

ダイビングへの愛情が大きかったブランディは、高校を卒業してすぐに米国沿岸警備隊に入学するほどのものでした。すでに彼女の星は何か特別な出来事に彼女を導いているかのようで、この決断が彼女の人生最大の出来事を引き寄せたと言えます。

沿岸警備隊として国に仕えている間、彼女はダイビングを教え始めるようになり、他の人々と彼女の情熱を分かち合いながら、同時にボートを操縦する方法も教えました。「私は大学在学中にダイビングマスターになり、大学卒業後すぐにダイビングインストラクターになりました。ダイビング指導をしながらボート上で働いていると、自然に船の操縦を学ぶことにもなったんです」と彼女は話します。

しかし、これらの素晴らしい経験を持ってしても、この若い女性は太平洋の真ん中で発見したものに対応ができませんでした…

素晴らしい写真家として

ミューラーのスキューバダイビングへの愛情はどこからともなく生まれたようですが、写真への興味は彼女の両親がきっかけになっています。彼女は両親のカメラを使って、母なる自然を撮ることが幼い頃の趣味となっていました。15歳になるまでに、ミューラーは素晴らしい感性を育てていたのです。ダイビング能力と写真家としての豊富な経験を持つ彼女は、自然写真家の間でも伝説になるでしょう。

ナショナルジオグラフィックやスミソニアンからの称賛を含む複数の受賞経験をし、ミューラーは自分が好きなことをして生活している人の中にいることを幸運だと考えていました。ですがそれでも、何かを忘れもできない何かを達成したいという満たされない思いがいつも彼女にありました。

驚異的なダイビングスポット

彼女の素晴らしい数々の経験のおかげで、ミューラーには何度も訪れたい場所にたくさんめぐり逢いました。「私はレックダイビングが大好きなのですが、ミクロネシアのチューク(旧称Truk Lagoon)では第二次世界大戦で大規模な戦闘が行われ、多くの船、飛行機、その他の戦争の遺物が海に残されています。ミクロネシアの温かく美しい海水は、かつて破壊されたこれらの船などを、柔らかい珊瑚で覆い、魚や他の海洋生物が群がっている「船礁」に変えています」と彼女は話します。

しかし、ミューラー最大の発見は、これらの美しい場所では起こりませんでした。一般的な休暇地から遠く離れている場所で、彼女は偶然遭遇したのです…

出発の時

沿岸警備隊のメンバーとして10年間教え、働いた後、31歳のブランディ・ミューラーはバケーションを過ごすために旅に出ました。この時、彼女はお気に入りのダイビングスポットを訪れる代わりに、以前に一度だけ訪れた美しい場所、マーシャル諸島に戻ることにしました。マーシャル諸島はハワイとフィリピンのほぼ中間に位置する細長い島です。

最初の数日間、ミューラーは典型的なマーシャル諸島のダイビングを行いました。それから、彼女は友人とロイナム島から約5マイル離れた、数人のダイバーを除いて誰も知らない聞いたことがある新しいダイビングスポットをチェックすることにしました…

あまり知られていないダイビングスポット

これまでに行ったことがない人にとって、マーシャル諸島は現実離れした美しい場所だといえます。それだけでなく、いくつかの難破船や海洋生物が共存するサンゴ礁など、世界で最も素晴らしいダイビングスポットが複数あります。ミューラーがそこでダイビングをするのが好きだったのも不思議ではありません。

しかし、ミューラーが問題の日に探索していたスポットは、数人のダイバーしか訪れたことのない無名のスポットでした。その日もいつも通りに始まったのですが、ミューラーが下に広がる青い海水の中に奇妙で巨大な形を目撃し、全てが一変しました…

海の奥深くに何かがある

ご想像のとおり、ミューラーが自身の下にある巨大な形を見つけたとき、彼女は恐怖と興奮の震えが背骨に流れるのを感じずにはいられませんでした。これがいつも夢見ていた発見かもしれない!と思う一方で、ジョーズやアビスのような海をテーマにしたホラー映画のことを考えずにはいられませんでした。ですがそれでも何かを見つけたと彼女は信じ、潜って近づくことにしたのです。

その物体に近づきながら、ミューラーはその物体が何かの形になり始めるのを見ていました。それは大きな平らな金属片か大きな鋼管のように見えます。これは一体?

もう少し近づいてみよう

ミューラーはこの謎の物体に近づく中で、少し立ち止まりました。(厳密にいうと泳ぎ止まりました)実は驚きすぎて、カメラの準備を忘れていたことに気づいたのです。ですがその数秒後、太平洋の底で見つけたものを、すべての写真に収める準備ができて、さらに泳ぎ続けました。そうする中で、彼女は自分のスキューバギアを通して自身が激しく呼吸しているのを聞きながら、新しい発見に耳を傾けて興奮していました…

その物体に到達したとき、彼女は金属部分が完全に無柄ではないことに気づきました。代わりにいくつかのカラフルなエンブレムが描かれているよう。実はこのエンブレムが、海底で発見したこの物体を理解するためのパズルの重要な最後の1ピースだったのです!

重大な発見

ブランディ・ミューラーがその金属片の絵をより近くで観察していた時、彼女は自分が見ている物が実は飛行機であることに気づきました!よく見ると飛行機がかなり古いものであることがわかります。ですが正確にどれほど古いものなのか、全くわかりませんでした。そしてさらに大きな疑問が彼女の頭を過ります:なぜここに飛行機が置かれているのか? そして、なぜ誰もそれを見つけなかったのだろうか?

ミューラーは自分が生涯の発見をしたことは理解していましたが、これが単なる始まりであることを彼女はまだ知りませんでした。彼女が難破機を見回し続けると、新たな事実が発見されていきます…

70年前の墓場?

ミューラーが飛行機の周りを泳いでいると、彼女の周辺に別の形が現れました。また別の飛行機です!そして、その場所に泳いで行くと、さらに別の機体が現れました!なんと機体が何百もあるのです。ミューラーの鼓動はさらに速くなりました。いつも未発見の難破船を見つけることを夢見ていましたが、まさか水中の飛行機の墓地全体を見つけることなど想像もしていませんでした。

ミューラーは、この一生に一度であろう発見に遭遇し、ただただ驚いていましたが、その後すぐに写真を撮り始めました。「(現在)それを飛行機の墓場と呼んでいます」と彼女は後にMailOnlineで語っています。ミューラーがその墓場を探索し続けると、彼女はこれらの飛行機の様子がおかしいことに気づきました…

難破機の探索

ミューラーは難破機を捜索し写真におさめながら、飛行機がどのようにしてこの水中の墓場に到達したのかますます疑問に思い始めました。第二次世界大戦、朝鮮戦争、またはベトナム戦争?から来たように彼女には思えました。 戦争とか関係なく、どのようにしてここにたどり着いたのでしょうか?それぞれの機体がとても近くにあるため、すべて撃墜されたとすれば少し奇妙です。

一方で、ミューラーの中で別の疑問も生まれました:飛行機には人間の遺体はまったくないのです。 もしこれらの機体が撃墜されていたのであれば、何かを見つけることを期待していましたが何もありません。 水面に戻れば、すぐにこの飛行機の墓場に隠された興味深い物語を知ることができるでしょう。ですが、彼女はまず残りの酸素を使い切ってでも写真を撮りたかったみたい!

手付かずの難破機

写真を撮り続けながらさらに飛行機を見つけるにしたがって、彼女は面白いことに気づきました。 鉄錆やフジツボが機体に付いているにも関わらず、飛行機自体はかなり良い状態だったのです。 実際、その多くは完全に無傷で、機体に小さな擦り傷や引っかき傷があるのみ。銃弾の穴や熱い銃弾の雹から生じる尖った金属、変形した機体などはありませんでした。

「本来ならもっと飛び続けるべき飛行機だったのに、完璧な状態で沈んでいたのです」とミューラーはデイリーメール紙に語りました。なぜ誰かが完璧な状態の飛行機を捨てたのかは分かりませんでしたが、彼女は海洋生物がどうこの飛行機を乗っ取ったのかを目の当たりにし、その姿がとても気に入りました。彼らからすると、これらの飛行機はただここに降りてきただけなのです…

美しく活気に満ちた海洋生物の居場所

この少し不気味な写真は、海洋生物がいかに飛行機を乗っ取ったかを示しています。実際少しぼやけた写真ではありましたが、彼女はさびたコックピットの中に棲んでいる魚の群れを捕えました。「海は素晴らしく適応力があります。それはおそらく私たちには完全には理解できない生命力です」と彼女は話しました。

「金属の巨大な塊を受け入れて、そこで生命を育てた姿を見ることが出来るなんて本当に素晴らしいことなのです」とミューラーは続けました。彼女は、個々の飛行機が独自の生態系を形づくり、海洋生物をその周りに纏っているのを見て感銘を受けました。より多くの写真を撮り、更に多くの飛行機を見つけた時、自分が見ているのは全く墓地ではないことに気づいたのです…

危険な探索

写真は夢のようで平和に見えるかもしれませんが、機体の性質を考えると、実際には写真を撮影することは非常に危険なことでもありました。しかしラッキーなことに、ミューラーはアマチュアではありません!50か国以上も周った探検家である彼女には、この課題に真正面から取り組むことができる経験がありました。その彼女でも飛行機を次々と発見した時は、夢の中にいるかのような現実離れした気持ちを感じずにはいられませんでした。

いくつかの飛行機は海底が砂で覆われていて、まるでサメやそのヒレなどのようにも見えました。 機体の鼻の上にまっすぐ立っている飛行機もありました! やっと彼女は墓地の最果てにたどり着きましたが、最終的な機体の数を信じることができませんでした…

100を超える機体

ミューラーは陸上にいる歴史家を助け得る証拠を見つけるために必死に現場を捜索しました。写真では素晴らしく見えますが、飛行機をダイビング中に見る事は快適には感じませんでした。「普通に考えて飛行機が水中にあるのを見るのは奇妙な気分です。飛行機は水中ではなく空に属している物であって、飛行機の上を泳ぐのは変な気分でした。驚くべき特別なことでもありましたけど」と思い出しながら彼女は語ります。

その日の終わりまでに、ミューラーはこの海中墓地でなんと150機の飛行機を発見しました。彼女はその日撮った写真の数々を気に入ってはいましたが、それらが歴史家の役に立つとは思っていませんでした。彼女の考えは大きな間違いだったのです!

廃棄場所

ブランディ・ミューラーは素晴らしい写真の数々を水面に持ち帰りながら、自分の発見に対する世界の反応を見るのを待ちきれずにいました。しかしボートが船着場に到着した時、彼女の心に疑問が過りました。見つけたものが何かを知る前に、他人に共有する必要があるのだろうか?それがもし疑問を生むようなことならどうするのだろう?そこで、彼女は自分の写真をインターネットにアップロードする前に、少し自分で調べてみることにしました。

写真を見ながら、飛行機が第二次世界大戦から来たものだと彼女はますます考え始めました。この飛行機達は朝鮮戦争やベトナム戦争の飛行機のようには見えません。次に彼女は第二次世界大戦のことを調べ始めるのですが、すぐに彼女は何十年もの間歴史家たちが探し求めていた物を彼女が見つけたことに気づきました!

欲しかった情報

少し掘り下げて調査する必要はありましたが、ミューラーは最終的に、マーシャル島が第二次世界大戦後の米軍のゴミ捨て場であったことを知りました。それだけでなく、考古学者や歴史家達は、軍が大量の飛行機を処分した正確な場所を探していたのです!

ミューラーが調査すればするほど、興味深い情報が出てきます。例えば、多くのアメリカ人は、第二次世界大戦直後に発生したロールアップ作戦について何も知りません。 結局のところ、これが飛行機の水中墓地を説明する答えだったのです!ミューラーは自分のコンピューターにかじり付きながら、自分が望む最終的な答えが得られたのだと思いました…

ロールアップ作戦

ミューラーが知ったこのロールアップ作戦は、第二次世界大戦中に太平洋を横断して運ばれた戦車、飛行機、ジープなどの車両を「扱う」米軍の方法でした。政府がこのような車両を戦闘に参加させるためにお金をかけることは完全に理にかなっています。しかしこれらの飛行機、戦車、その他の車両をまた太平洋を跨いで返送することは、更にコストがかかります。

驚くべきことに、彼らは時々単に戦車と飛行機を太平洋に投棄し、海の底に沈める手段を選びました。これが、飛行機が非常に良好な状態であった理由だったのですー使用されていない飛行機だったのですから!

無駄になった何百万ドル

信じられないかもしれませんが、この方法は想像するより簡単です。場所にたどり着いた海軍は空母に車両を積み込み、フォークリフトを使って海に押し込みました。この珊瑚で覆われた金属の山は、その行為によって捨てられた金額から現在「ミリオンダラーポイント」と呼ばれています。しかし、ほとんどの人はまだその場所を「飛行機の墓地」と呼んでいます。

多くの人が感じるように、ミューラーは現場の廃棄物の量に苛立ちました。政府は少なくともその車両や飛行機を金属くずに変えることができたはず!世界で最も貧しい地域の1つであるマーシャル諸島に寄付することもできたでしょう。残念ながら、それは歴史が歩んだ道ではありませんでした…

70年の歴史

70年以上水中で時を経て、飛行機は劣化し、美しく活気のある海洋生物の故郷になりました。 機体の金属表面はカラフルな生きた銅像に変わりました。だから、手遅れになる前に、もしくは他人によって台無しにされる前に、彼女はこの沈んだ飛行機の美しさを撮影したかったのです!

「この飛行機は70年以上水中にあり劣化もし始めていたので、その変化を記録しているような気分でした。きっと最終的には、何も残らないでしょう」と彼女は語りました。「母なる海は素晴らしいもので、とても回復力があります。それはおそらく私たちが完全には理解できない生命力です。」ありがたいことに、女性の素晴らしい写真のおかげで、歴史家はすぐに水中飛行機を特定しました。

水中の飛行機

飛行機の墓場があるクェゼリン環礁のラグーンは、25隻以上の船と160機以上の飛行機を含む、日米の第二次世界大戦の残骸が非常に集中している場所です。ミューラーが見つけた飛行機にはF4Uコルセアが含まれていました。これは写真に見られるように、翼からプロペラ上に着陸し、何年も直立したままでした。

ダイビング中、ミューラーはヘルダイバー、B-25ミッチェル、カーチスC-46コマンドー、F4Fワイルドキャッツなど、その他連合軍の航空機を確認しました。この飛行機の墓地には、かつては時間の経過とともに失われたと考えられていた、歴史的なアメリカの航空機ダグラスSBDドーントレス急降下爆撃機もありました。

ダグラスSBD

ミューラーが見つけた飛行機には、1940年から1944年までの4年間しか製造されなかったダグラスSBDドーントレスが含まれていました。知らない人のために説明しますが、この飛行機は1942年6月–第二次世界大戦の最も決定的な戦いの1つであるミッドウェー海戦で日本の空母に致命的な打撃を与えたことで有名です。一方、戦後ドーントレスのほとんどは最終的に消滅または崩壊してしまいました。ですので、残存するこの機体を見つけたことは、飛行機愛好家にとっては楽しみなことです!

1940年代初頭、ドーントレスはカーチスSB2Cヘルダイバーに置き換えられたため、ただ単に海中に残されることになりました。ヘルダイバーはより大きく高速な飛行機でしたが、生産の遅れにより、最終的にイギリス軍とオーストラリア軍は大量の注文をキャンセルすることになった歴史があります。

90cm離れて…

驚くべきことに、3機の飛行機は互いに約90cm離れて海中に着陸していました。さらに素晴らしいことに、ほとんどの飛行機は何年にもわたって無傷のままであり、海底に散らばっている尾と翼もほんの僅か。これはもちろん素晴らしい写真の素材となりました。もし飛行機がもっと損傷したり破壊されたりしていたら、この写真家はこれほど夢のような気分にはならなかったでしょう。

ミューラーは飛行機の長さと巨大な翼幅を撮影するために「鳥瞰図」を多数の写真で使用することにしました。これらの飛行機の鳥瞰図を提供することにより、最も切望され、長く失われた第二次世界大戦の秘密の1つに、彼女が信じられないほどの光を当てることを可能にしたのです!特に、水中に潜ることができない歴史家にとっては待ちに待った発見でした。

壊れた機体もあります

ミューラーは海底で150機以上の飛行機を見つけることができましたが、すべてが完璧な状態で海底に到達したわけではありませんでした。ほとんどの機体が良好な状態を保っていましたが、一部の飛行機は運が悪かったのか、海底に到達する前に壊れています。しかしながら、そんな壊れた飛行機でさえ、水中の考古学者に当時の航空機についてかなりの情報を伝えることができます!

信じられないかもしれませんが、マーシャル諸島でのこの発見は、実は米軍が海に軍事装備を放棄した初めての場所ではありませんでした。実際、人々の想像する以上に、高価な軍事機器が奇妙な場所に置き去りにされています…

戦争の費用

報道やニュースで耳にするように、戦争には非常に大きな金額がかかります。1945年に、米国は第二次世界大戦中に約3,470億ドルを費やしました。(この額は、現在のお金の10倍の価値があることを忘れないでくださいね!)にも関わらず、海の真ん中に飛行機を捨てることは納税者の前で唾のような行動でもありました。政府が可能な限りその場所を秘密にしていたのも不思議ではありません。

それでも、ブランディ・ミューラーが飛行機の墓場を見つけたからではありませんが、マーシャル諸島の状況は大きく変わる可能性があります。彼女が飛行機の墓地を公表した後、その場所はかなりの観光名所になり、その地域に切望した収入源をもたらしました。飛行機を故郷にした地元の野生生物も観光客を引き寄せています!

数100匹以上の魚たち

この写真でもわかるように、何百もの美しい青と黄色の魚が、双発の中爆撃機であるB-25ミッチェルの機首と翼の周りを泳いでいます。これは、人間が造った航空機を再生する魚、藻類、サンゴを捕らえたミューラーの写真の1つにすぎません。

一方、この写真家は堕落した英雄を称える自然のそのあり方を見ていました。「金属の巨大な塊を受け入れて、その金属で新しい生命を育てた姿を見ることは非常に素晴らしいことです」とミューラーは後に語っています。「第二次世界大戦は歴史上最も致命的な戦争でした。私は海洋生物たちが、自国に究極の犠牲を払った人々の墓を飾っているのだと考えたいと思います。」

飛行機の墓場

受賞功績のある写真家ブランディ・ミューラーは、この忘れられたアメリカの第二次世界大戦の飛行機のすべての写真を、「飛行機の墓地:クワジャライン環礁の忘れられた第二次世界大戦のウォーバード」というタイトルの本にまとめて公開することにしました。この本で、読者はこれらの歴史的な航空機の物語や第二次世界大戦の太平洋戦域での彼らの役割、そして彼らがどのようにして海の底にたどり着いたかについてもっと知ることができます。

ミューラーは読者を海面下に連れて行き、ダグラスSBDドーントレス、ヴォートF4Uコルセア、カーチスSB2Cヘルダイバー、C-46コマンドーなどの忘れられた航空機を一緒に目にすることになります。「おそらく海は戦争について私たちに何かを伝えようとしているのでしょう」と彼女は言いました。信じられないことに、海底でこのような奇妙な発見に出くわしたのはミューラーだけではありません…

太平洋に沈んだ飛行機を見つけたダイバー達。そこに沈んでいた理由とは?

多くのスキューバダイバーや水中写真家と同じように、ブランディ・ミューラーは波の下で驚くべき発見に遭遇することをいつも夢見ていました。彼女のキャリアを通して、たくさんの美しい場所に巡り会いましたが、宝物や忘れられた沈没船などはそこにはありませんでした。年を重ねるにつれ、そのような大発見にはもう遭遇しないだろうと彼女は思い始めるようになりました。

運命なのか何かに引き寄せられるかのように、そんな彼女の日常はマーシャル諸島への休暇で一変したのです。日中ダイビングをしていた彼女は、海底の奥深くにある奇妙な物体に気づきました。何かと思い近づいてみると、それは彼女が思いこがれていた大発見だったのです!ですが、それは彼女が思い描いていたような胸が躍る大発見とは少し違っていました…