巻 誠一郎 – 40歳

2003年にジェフユナイテッド市原に入団。05年に日本代表に初選出され、06年にはドイツW杯日本代表に選ばれた。クラブで師弟関係にあったイビチャ・オシムが日本代表監督に就任した後も代表の主力として活躍。10年にはロシア・プレミアリーグのFCアムカル・ペルミロシアに移籍する。その後、中国のクラブを経て11年に東京ヴェルディに移籍。14年からはJ2ロアッソ熊本でプレーし、18年に現役を引退した。
森崎 浩司 – 39歳

二卵性双生児の兄、森崎和幸とともにサンフレッチェ広島でプレー。2000年にサンフレッチェ広島に入団して以来、引退するまでの17シーズンを広島一筋でプロとしてのキャリアを歩んだ。2004年のアテネ五輪では日本代表のレギュラーとして出場。16年に現役を引退し、17年にサンフレッチェ広島の初代アンバサダーに就任した。自身のうつ病の経験を執筆した『うつ白』を19年に発表。
前田 遼一 – 38歳

2000年にジュビロ磐田に入団。09年から2年連続でJ1リーグ得点王を獲得。さらに、10年にはJリーグ杯MVPにも輝いた。10年にアルベルト・ザッケローニが日本代表監督に就任してからは主力に定着。2011アジアカップでは日本代表の2大会ぶりの優勝に大きく貢献する活躍を見せた。15年にFC東京へ移籍。現在もFC岐阜でプレーしている。
久保 建英 – 19歳

FCバルセロナの下部組織に所属していた頃から注目を集める。2017年に帰国し、FC東京と契約。11月にJリーグ史上3番目の若さでデビューした。18年に横浜F・マリノスへ期限付き移籍。18歳の誕生日に契約期間が満了し、スペインの名門レアル・マドリードに移籍する。その後、期限付き移籍で同リーグのマヨルカに移籍し、1年目で5ゴールの活躍を披露。現在はビジャレアルにローン選手として所属し、成長を続けている。
大久保 嘉人 – 38歳

2001年にセレッソ大阪に入団。04年にスペインのマヨルカへ期限付き移籍した。その後、セレッソ大阪に復帰するも、07年にヴィッセル神戸に完全移籍。09年に移籍したドイツ・ブンデスリーガのヴォルフスブルグでは長谷部誠とともにリーグ優勝を経験。その後、ヴィッセル神戸復帰を経て、13年に川崎フロンターレに移籍。Jリーグ史上初となる3年連続得点王に輝いた。現在は東京ヴェルディに所属している。
石川 直宏 – 39歳

2000年に横浜F・マリノスに入団。翌年、U-20日本代表としてワールドユースに出場し、背番号10を背負った。02年にFC東京に移籍し、17年に引退するまで16シーズン在籍した。FC東京では297試合に出場し、51得点を記録。引退後はFC東京クラブコミュニケーターに就任。18年には日本サッカー協会不服申立委員会委員に就任したことが発表された。
細貝 萌 – 34歳

U-16から各世代の日本代表を経験し、2005年に浦和レッズに入団。10年にドイツ・ブンデスリーガの名門レバークーゼンへの移籍を果たす。欧州のクラブで7シーズン過ごした後、柏レイソルへ移籍しJリーグ復帰。翌年、タイのブリーラムユナイテッドへの移籍し。19年からはバンコク・ユナイテッドに所属している。アジアカップ2011準決勝の韓国戦でPKのこぼれ球を詰めて得点したシーンは日本サッカーファンの記憶に残っている。
中村 憲剛 – 39歳

2003年に練習生として参加していた川崎フロンターレに正式入団、現在まで川崎フロンターレ一筋でプレーしている。06年のイビチャ・オシム就任後、日本代表の主力として定着。国際Aマッチ 68試合 6得点を記録している。16 年にはJリーグMVPに選ばれ、20年にはヴィッセル神戸の元スペイン代表アンドレス・イニエスタに『Jリーグの神選手』として選ばれた。
阿部 勇樹 – 39歳

1998年にジェフユナイテッド市原に入団。21歳の若さで、後の日本代表監督となるイビチャ・オシムからキャプテンを任された。その後、07年に浦和レッズに移籍。2010年南アフリカW杯で日本をベスト16進出に導く活躍が評価され、イングランド2部のレスター・シティFCに移籍。その後、12年に浦和レッズに復帰し、現在でもプレーしている。
宇佐美 貴史 – 28歳

2009年に17歳の若さでガンバ大阪からデビュー。翌年にJリーグベストヤングプレーヤー賞を受賞するなど若い時から注目を浴びる。11年にはドイツ・ブンデスリーガの名門バイエルン・ミュンヘンへレンタル移籍を果たす。翌年、同リーグのホッフェンハイムへ移籍した後、ガンバ大阪に戻る。その後、16年にアウクスブルクへ完全移籍し、デュッセルドルフを経て、19年に再びガンバ大阪に復帰した。
中澤 佑二 – 42歳

練習生から東京ヴェルディとのプロ契約を果たした苦労人。プロの選手となった同年に、Jリーグ新人王を獲得し、U-23日本代表に選ばれる。2002年に横浜F・マリノスに移籍、19年に40歳で引退するまでの17シーズンを過ごす。日本代表でも長年主力として活躍。2010年南アフリカW杯ではベスト16進出に大きく貢献。日焼けした肌と長髪がトレードマークである。
釜本 邦茂 – 76歳

1968年のメキシコ五輪で7得点を上げる活躍で大会の得点王となり、日本の銅メダル獲得に大きく貢献。国際Aマッチでは76試合75得点を記録。この記録は未だに抜かれてない。また、日本サッカーリーグでは、251試合に出場し、202得点と79アシストを記録。これは共に歴代1位である。これらの活躍が評価され、2005年第1回日本サッカー殿堂入りを果たしている。まさに日本サッカー界のレジェンドである、
川口 能活 – 45歳

94年に横浜マリノス(現・横浜F・マリノス)に入団。96年のアトランタ五輪のブラジル戦では28本にも及ぶシュートを無失点に抑え込む活躍でチームの大金星に貢献。その後も、アジアカップ2004優勝の立役者になるなど日本サッカーファンの記憶に残るゴールキーパーであった。18年にSC相模原で現役を引退。引退セレモニーでは長年のライバルであった楢崎正剛が花束を持ってサプライズで登場した。
松井 大輔 – 39歳

2000年に京都パープルサンガ(現・京都サンガF.C.)に入団、04年にはフランス2部リーグのル・マンへレンタル移籍し、チームの1部リーグ昇格に貢献。この活躍から「ル・マンの太陽」と呼ばれ、完全移籍を果たした。その後もリーグアンのチーム、ロシア、ブルガリア、ポーランドなどで海外挑戦を続けた。現在はJ1の横浜FCでプレーしている。
稲本 潤一 – 41歳

1997年にガンバ大阪から当時の最年少記録でJ1デビュー。2001年にはイングランド・プレミアリーグの名門アーセナルに移籍。翌02年日韓W杯に出場し、日本の決勝トーナメント進出に貢献した。アーセナル退団後はイングランド、トルコ、ドイツ、フランスのクラブを渡り歩いた。10年に川崎フロンターレに移籍。北海道コンサドーレ札幌を経て、現在はJ3のSC相模原にてプレーしている。
内田 篤人 – 32歳

2006年に鹿島アントラーズに入団。在籍中は2年連続でJリーグベストイレブンに選出された。10年にドイツのシャルケへ移籍し、レギュラーの座を掴んだ。2010-11シーズンのCLでは準決勝進出を果たし、これは日本人選手の大会最高到達地点である。その後はウニオン・ベルリンを経て、古巣の鹿島アントラーズに復帰。長年の怪我の影響で32歳の若さで引退。引退後は日本代表のロールモデルコーチに就任した。
遠藤 保仁 – 40歳

98年に横浜フリューゲルスに入団。しかし、同年にクラブが消滅したため、京都パープルサンガ(現:京都サンガF.C.)に移籍する。2001年には、その後20シーズン在籍することとなるガンバ大阪に移籍。2002年に国際Aマッチデビューした後に、日本代表の中心的選手として152試合に出場。これは日本代表最多出場記録である。20年10月には、出場機会を求めてJ2のジュビロ磐田へ期限付き移籍することとなった。
長友 佑都 – 34歳

明治大学からFC東京に入団。10年に行われた南アフリカW杯での活躍が認められ、同年にイタリア・セリエAのチェゼーナに移籍。翌年には名門インテルへ移籍し、その後7シーズン在籍した。18年にトルコのガラタサライへと移籍。チームのリーグ2連覇に貢献した。20年6月にガラタサライを退団し、8月にフランスの名門マルセイユへの電撃移籍が発表された。34歳での新たな挑戦に期待が集まっている。
小野 伸二 – 41歳

1998年に浦和レッズに入団。翌年に開催されたFIFAワールドユースではキャプテンとして準優勝に貢献した。さらに、コンフェデレーションズカップ2001においても主力として準優勝を果たす。同年、オランダの強豪フェイエノールトへ移籍。加入した年に行われたUEFAカップ(現:EL)では優勝という快挙を遂げた。元オランダ代表のファン・ペルシに「小野は天才」と言わしめた逸話は有名である。現在はJ2のFC琉球に所属している。
長谷部 誠 – 36歳

2002年に浦和レッズに入団。在籍中は3年連続Jリーグ最優秀選手賞に選ばれるなどの活躍を見せる。08年にドイツ・ブンデスリーガのヴォルフスブルクに移籍。加入したシーズンにチームはリーグ優勝を果たす。その後、ニュルンベルクを経て、14年に現在所属するフランクフルトへ移籍。リベロでのポジションでブレイクする。20年6月にはブンデスリーガ通算309試合出場を果たし、同リーグアジア人最多出場記録を塗り替えた。
中村 俊輔 – 42歳

1997年に横浜マリノス(現・横浜F・マリノス)に入団。加入した年のシーズンにJリーグ優秀新人賞を受賞した。2002年、イタリア・セリエAのレッジーナに移籍、背番号10を背負う。その後、スコットランドのセルティックに移籍。在籍中は年間最優秀選手に選ばれるなどの活躍を見せる。09年にスペインのエスパニョールに移籍。10年には古巣である横浜F・マリノスに復帰する。現在は、横浜FCに所属。
中田 英寿 – 43歳

1995年にベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)に入団。98年フランスW杯での活躍が認められ、イタリア・セリエAのペルージャへ移籍。その後、ASローマでは日本人初のセリエA優勝メンバーとなった。イタリアで7シーズン・5クラブでプレーしたのち、イングランド・プレミアリーグのボルトンに移籍。2006年ドイツW杯を最後に29歳の若さで現役を引退した。現在はFIFA諮問機関の要職に就いている。
香川 真司 – 31歳

2006年にセレッソ大阪に入団。10年にはドイツ・ブンデスリーガのドルトムントに移籍。主力としてリーグ2連覇に貢献した活躍が当時のファーガソン監督の目に留まり、12年にイングランド・プレミアリーグの名門マンチェスター・ユナイテッドへ移籍。その年のシーズンにはプレミアリーグ優勝を経験する。14年に古巣ドルトムントに復帰したのち、19年にはトルコのベシクタシュへ、その後スペイン2部のレアル・サラゴサに移籍。現在はフリーである。
三浦知良 – 53歳

言わずと知れた日本サッカー界のレジェンドは、高校卒業を待たずに単身ブラジルに渡る。プロ選手としてブラジルでプレーした後、日本に帰国。ヴェルディ川崎のスター選手として発足当時のJリーグの人気を支えた。94年にはイタリアのジェノアと契約。アジア人初のセリエAプレイヤーとなった。日本代表としては89試合に出場し、歴代2位となる55得点を記録している。現在も53歳にしてJ1の横浜FCでプレーしている。
柴崎岳 – 28歳

2011年に鹿島アントラーズに入団。16年にクラブワールドカップ決勝でスペインの名門レアル・マドリード相手に2得点を挙げる活躍で注目を浴びる。翌年1月、スペイン2部のテネリフェに移籍。チームを1部昇格に導くことはできなかったが活躍が認められ、1部のヘタフェに移籍。9月にはバルセロナとの試合で得点し、レアル・マドリードとバルセロナから得点をあげた初の日本人となった。現在はスペイン2部のレガネスでプレーしている。
乾貴士 – 32歳

2007年に横浜F・マリノスに入団。08年にセレッソ大阪にレンタル移籍し、活躍が認められ完全移籍する。11年にはドイツ2部のボーフムに移籍。その後、1部のフランクフルトを経て、スペイン1部のエイバルに移籍する。17年4月にはバルセロナから2得点を挙げる活躍を披露し日本でも話題になった。18年のロシアW杯では主力として活躍し、日本代表をベスト16に導いた。19年にアラベスから古巣のエイバルに復帰している。
大迫勇也 – 30歳

2009年に鹿島アントラーズに入団。13年にはJリーグベストイレブンに選ばれる活躍を披露。14年にドイツ2部のTSV1860ミュンヘンに移籍し海外初挑戦。ケルン移籍を経て、現在はブレーメンに在籍している。持ち前のポストプレーは日本代表の欠かせない武器になっている。高校時代に対戦相手の選手に試合後のインタビューで「大迫ハンパない」と言わしめた逸話は今でも語り継がれている。
南野拓実 – 25歳

2013年にセレッソ大阪の下部組織からトップチームに昇格を果たす。15年にオーストリアのザルツブルクに完全移籍。19年にCLグループリーグで前回王者リヴァプール相手に1得点1アシストを記録したことによって、クロップ監督の目に留まる。同年、12月にリヴァプールに移籍した。森保一体制になってからは主力として日本代表の攻撃を牽引している。
原口元気 – 29歳

2009年に17歳の若さで浦和レッズとプロ契約。14年にはドイツ・ブンデスリーガのヘルタベルリンに移籍する。3シーズンを過ごした後、デュッセルドルフへのレンタル移籍を経て、18年にハノーファーに完全移籍した。現在、チームでは背番号10を背負っている。日本代表でもユーティリティー性と持ち前のハードワークを活かしたプレーが重宝されている。
酒井宏樹 – 30歳

2009年に柏レイソルの下部組織からトップチームに昇格。11年にはJリーグベストイレブンとJリーグベストヤングプレーヤー賞を同時受賞する快挙を果たす。翌年、ドイツ・ブンデスリーガのハノーファーに移籍。4シーズン在籍した後、フランスの名門マルセイユに移籍した。19年にはファンが選んだ年間クラブMVPに選出された。日本代表でも不動の右サイドバックとして君臨している。
酒井高徳 – 29歳

2009年にアルビレックス新潟でプロデビュー。11年にドイツ・ブンデスリーガのシュツットガルトへ期限つき移籍。活躍が評価され、13年に完全移籍を果たす。その後、15年にハンブルガーへ移籍。翌年からはキャプテンを任されることになった。4シーズン過ごした後、ヴィッセル神戸に移籍。8シーズンぶりのJリーグ復帰となった。日本代表としては42試合に出場、ロシアW杯を最後に惜しまれつつ代表引退を宣言した。
川島永嗣 – 37歳

2001年に大宮アルディージャからプロのキャリアをスタートさせる。名古屋グランパスを経て、07年に移籍した川崎フロンターレでブレイク。日本代表にも選ばれるようになる。南アフリカW杯で日本をベスト16に導く活躍をみせ、W杯終了後にベルギーのリールセに移籍。その後、現在まで11シーズン、欧州でプレーしている。ゴールキーパーとしての能力もさることながら、長い海外経験で身につけた語学力も評価されている
清武弘嗣 – 30歳

2008年に大分トリニータの下部組織からトップチームに昇格。翌年にリーグ戦23試合に出場した後、10年にセレッソ大阪に移籍した。伝統のエース背番号8を受け継ぎ活躍。12年にドイツ・ブンデスリーガのニュルンベルクに移籍。2シーズン過ごした後にハノーファーへ移籍した。その後、スペインの名門セビージャ移籍を経て、現在はセレッソ大阪に復帰している。
田中マルクス闘莉王 – 39歳

ブラジルで生まれ、高校生の時に来日。2001年、高校を卒業した後にサンフレッチェ広島に入団する。04年に浦和レッズに移籍し、同シーズンのステージ優勝に貢献。06年にはリーグ初優勝を果たし、Jリーグ最優秀選手賞および日本年間最優秀選手賞を同時受賞する快挙を果たす。10年に名古屋グランパス移籍に移籍。7シーズン過ごした後、京都サンガF.C.に移籍。19年に現役を引退した。
ハーフナー・マイク – 33歳

元日本代表GKコーチのディド・ハーフナーの長男として広島に生まれる。2006年に横浜F・マリノスに入団。その後、アビスパ福岡へのレンタル移籍を経て、09年にヴァンフォーレ甲府に移籍。J2得点王となった。11年にはオランダのフィテッセに移籍、在籍中は2年連続2桁得点を記録する活躍を見せる。その後も欧州でプレーを続け、17年にJリーグ復帰。現在は古巣であるヴァンフォーレ甲府に所属している。
宮市亮 – 27歳

Jリーグを経ずにイングランド・プレミアリーグの名門アーセナルに移籍。就労ビザの関係でオランダのフェイエノールトにレンタル移籍し、1シーズンを過ごす。その後、イングランドとオランダのクラブでのプレーを経て、現在はドイツ2部のザンクトパウリに所属。長らく怪我に悩まされてきたが、近年は復調の兆しをみせている。今後のさらなる活躍に期待したい。
高原直泰 – 41歳

1998年にジュビロ磐田に入団。01年にアルゼンチンのボカ・ジュニアーズにレンタル移籍を経て、翌年ジュビロ磐田に復帰。02年にドイツ・ブンデスリーガのハンブルガーに移籍。バイエルン戦で連続無失点記録を更新中だったオリバー・カーンから得点を決めるなど印象に残る活躍をした。05年、フランクフルトに移籍し、2シーズン過ごした後に浦和レッズに移籍。現在は沖縄SVで代表兼監督兼選手としてプレーしている。
岡崎 慎司 – 34歳

2005年に清水エスパルスに入団。2011年にドイツ・ブンデスリーガのシュツットガルトに移籍する。13年にはマインツに移籍し、2シーズン連続2桁得点の活躍を見せる。その後、イングランド・プレミアリーグのレスターに移籍。1部に昇格したシーズンにプレミアリーグ優勝を成し遂げる歴史的快挙に貢献した。19年にスペイン2部のウエスカに移籍。昨シーズンはリーグ戦12得点を記録し、チームの1部昇格の立役者となった。
本田 圭佑 – 34歳

2005年に名古屋グランパスに入団。オランダとロシアのチームでプレーしたのちに、イタリアの名門ACミランに移籍し、背番号10を背負う。大舞台で持ち前を発揮することで知られ、CL、W杯、アジア杯で活躍。W杯3大会連続でゴールとアシストの両方を記録した史上6人目の選手である。現在はブラジルのボタフォゴでプレーし、東京オリンピックにオーバーエイジ枠で出場することを目標として公言している。
吉田麻也 – 32歳

2007年に名古屋グランパスに入団。翌年には北京五輪日本代表にも選出される。09年にオランダのVVVフェンローに移籍し、12年にはイングランド・プレミアリーグのサウサンプトンに移籍。8シーズン在籍し、リーグ戦154試合に出場した。20年にイタリアのサンプドリアへ期限付き移籍が発表され、同年にサウサンプトンとの契約が満了したことにより、サンプドリアとの契約延長がされた。